豊かさの系譜                         2004.11.28

 

 

 

アウトドアの好きな人なら

やかん一杯のお湯を沸かすのに

どれだけのと どれだけの時間労力が必要か

なんとなくイメージがつくと思う

 

 

今は

蛇口をひねれば お湯が無尽蔵に出る

 

 

ほんの数十年前までは

人類は お湯を沸かすために 燃料を火にくべ

精神と労力を傾けた

 

 

『湯水のごとく』という言葉があるが

その言葉は 豊かさの象徴だった

 

 

 

 

 

蛇口をひねればお湯が出る

テレビはいつもついている

食べ物はいつも余っている

 

 

そんな環境に生まれてきた今の世代は

それまでの世代と

価値観というより 感覚が違うのだろう

 

 

環境を守るために

ゴミを分別し 資源を再生し 山に植林する

 

『湯水のごとく』資源を消費する生活は 変えることはできない

 

冬でも暖房の前で薄着で過ごし

夏は冷房が必要不可欠と思う

 

世の中 全部が同じようだと錯覚し

冷暖房の無い環境は劣悪な環境と感じている

 

西日が当たる部屋

冷房の無いアパート

 

病院まで 一山越えなければならないような過疎の村

電気も来ないような山奥

・・・携帯電話もつながらない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風に吹かれて峠の道を越え

土ぼこりの舞う中を

次の目的地に向かって進む

 

暑い中にぬるい飲み物で喉をうるおし

また 旅を続けてゆく

 

 

 

 

 

 

我慢 と思えば それは苦痛となり 耐えがたいものになる

当たり前と思えば 淡々とその道を歩き続ける

 

 

 

 

 

 

 

 

今、紀宮の結婚で持参金などが取り沙汰されている

 

先日 日光の皇室旧御用邸に行った時

その生活の質素さを改めて感じた

 

皇居には 今も浄水器は使われていないという

 

考えてみれば

当たり前なのかもしれない

国が提供する水をそのまま飲む、皇族

 

冷暖房も効かないような建物の造り

 

 

 

 

 

 

シンプルな生活とはなにか

無駄とは何か

豊かさとは なにを指すのか

 

 

 

 

 

 

 

 

暖房で居心地のよい部屋でアイスクリームを食べ

テレビを見たり

コンビニに行ったり

 

 

 

 

携帯のメールをチェックしたり

電話したり 会ったり

 

一緒に食事したり

 

 

 

 

地雷を踏む心配もなく道を歩き

爆撃の心配もなく眠りにつく

 

 

子供たちが学校に行くのさえ

無事にと祈らずにはいられない 遠い国

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつか 青空の下を

なにも持たずに歩こう

 

バッグも財布も 何も持たず

 

ただ にんげん であることを味わいながら