鏡の中              2006.2.19





氣功教室で 初めて

「今日は鏡を見て、やってください」 と 言ってみた




今まで

氣功は 内面から 整えてゆくのだから

鏡は かえって邪魔な存在だと 



ずっと説明してきた






しかし たまには鏡を見て

自分の姿勢をチェックするのも

いいかもしれない と思い



鏡の方を向いて

やってもらうことにしたのだが・・・




  そうして1、2分もしないうちに

  「やっぱり、鏡を見ないでやりましょう」

  と言ってしまうことになった








「どうだった?」と聞いてみたら




その答えは


『自分の中を見ることがうまくできなくなった』


           というものだった








鏡に向かうと

  鏡の中の自分を見る











鏡の中に映っている自分は




自分でありながら

言わば

《外に出た自分》であって





本来の自分は 

ここに居るまま、



外側の自分を

遠くからながめている、とでもいうのだろうか






















鏡が無いと





自分自身が

自分自身の中に入り込む











入り込んだ自分が

内側から


自分自身を 『感じて』いる















自分自身の姿勢を

【内側から】チェックし






曲がっているのか

まっすぐなのか   よりも






『まっすぐであろう』 とする











鏡を見るようには すぐに直らないが



内側から

徐々に 少しずつ



歪みを直そうとしてしてゆく









そして

本当に『いつのまにか』



<中から>

まっすぐに なる


















氣功教室には 大鏡があって

一面の壁面を覆っているので



初めのころは

 鏡を見て

自分の姿勢をチェックしようとする










『肩の高さ』

  や

『天からぶらさがったようなまっすぐ』


『左右対称』




そういった言葉が

鏡を見たい気持ちにさせるのかもしれない









しかし

慣れてくると

鏡の存在を忘れている











外側から見た姿勢のチェックは

講師がやればいい




やっている本人は

心の中の『まっすぐ』を目指す










鳳翔から見て

直したいな〜と思うほど大きくずれている人は

ほとんどいなくて



たまに ちょっと直すくらいで

繰り返すうちに



バランスがとれてくるのか

チカラが抜けてくるのか


自然に『いいカタチ』におさまってくる













カラダの『まっすぐ』は

ココロの『まっすぐ』にリンクしていて



【すなお】というのか

こころのチカラの抜けた

いい顔になってくる











一緒に居て 楽しい

一緒に居て とても気持ちがいい












お互いを見ると

自然に微笑んでしまう