守護霊                 2006.5.4












「わたしの《守護霊》が見えますか?」

と聞かれることがよくある



たいていの場合は



「『守護霊』という言葉を使うかどうかですが

 ある種のエネルギーを感じることはあります。



 それを『守護霊』と呼ぶか

 他の言葉で呼ぶかは



 人それぞれだと思うのですが・・・」



  と答えている



べつに守護霊を否定しているわけではない





≪それ≫を『守護霊』と名づけようと

『龍神』と名づけようと

『ご先祖様』と名づけようと

『自分自身(ファイヤーセルフ)』と名づけようと



それは、その人の出会うイメージ

その人の持つ感覚だと思う





ある種のエネルギーで

守られている


と感じる人がいることは事実だ




鳳翔は

それは自分自身が創り出すものが

そうさせているのだと

なんとなく思っているが



それを

先祖の霊と思おうと

天使と思おうと


どんな風にそれをとらえるのかは

人それぞれなのだと思う





久しぶりに会った人の

エネルギーが変わっていることがある




多分、

それまでの間

過ごした時間の中に

その人の雰囲気を変える、

何かがあったのだろう




鳳翔が今まで会った人の中では

オーラが下がった(エネルギーが落ちた)

人は思い浮かばない



たまたま

努力をしている人ばかりに当たっているのか



みんな

良くなっていっている人ばかりだ





少し前に

川越のレストラン「かれいど」で無料鑑定をしたが



普段の鑑定している人たちと

種類が違う?というべきか

かなり雰囲気が違っていた




ふだん鳳翔が接する、

お金を出してまで自分の運命を見てもらおうという人は

真剣に

今の状態を変えようと思っている



だから

『なんとかしよう』というオーラがある





無料鑑定の場合 時間も短かったし

もちろん全部が全部ではないものの



(無料なので適当に)

『なんとかして』というオーラが多かった A^。^;)



まあ それほど困っていない

というべきか



冷やかし半分の気持ちで

見てもらった人が多かったと思うが


それはそれで

自分を見直す

いいきっかけになったのではないだろうか


<鳳翔の占い?は

 生年月日などを言うと

 自動的に運命鑑定をするタイプではないので

 まず自分がどの方向を目指しているか

 から?始まるσ(^-^;)>







有難いことに

一度鑑定をされた方は

しばらく経つと

また二度三度と鑑定依頼をされる方が多い





鳳翔は一期一会で

鑑定をした方は

二度とご縁が無いかもしれないと思って

鑑定させていただいている





それでも

十年後でもいい

また困った問題が起きたとき

思い出してもらえるようだったら嬉しいし




どなたかの紹介で

新しい方が電話をくださることもある




この仕事を始めた時

正直、全くといっていいほど

依頼者はいなかった



それでも

鳳翔の一生の中で



百人の人には用無しでも


そのなかの

たった一人でも

その人生を幸せにするお手伝いができれば

それはすごいことに違いないと思う




人生はそんなもの



あらゆる人に役に立てることはないとは思うが

誰かの役には立てるものだと


それが明日か昨日か知らないけれど



誰もが

誰かを必要として生きていて



誰もが

誰かを知らず知らず幸せにしてるのだと思う




『守護霊』がついているから自分は大丈夫

なんかじゃなくて




『自分』という存在

そのものが 大丈夫なのだと

知ることだと思う





誰の心にも『愛』がある





『愛』に

どんな名前をつけようと勝手だけれど




『愛』があるから大丈夫





揺れる心も

『愛』でもって



自分自身を埋め尽くそう

















     自分自身を

     自分自身が

     満たすために