願望

 

 

 

 

もう、だいぶ以前の話になるが・・・

 

久しぶりに会った、

のんびり屋の友人に

 

「あの頃は 苦しそうだったね・・・」

と言われたとき

 

自分では

人からそんな風に見えていたなん

て思いもかけなかったので

かなりの衝撃だった

 

うまくいっている振りをしているつもりだった

 

うまくいっている振りをし続ければ

いつか本当にうまく行くと信じていた

 

 

 

うまく行ってないときほど

自分の考え方は正しいとおもっている

 

うまく行っていないときほど

他人のことが目に入るし 

 

まわりの人間がおもしろくない人間に映り

 

自分自身だけが

目を覚ましているように思う

 

うまく行かないときは

うまく行かない考え方をして

うまく行かない行動をしている

 

 

うまく行かないとき、

 

・・・でもそれは他人のことだと思っている

 

 

注意深く マ

イナスの要素から身を遠ざけてみても

 

自分自身に対して

どんなに言葉を飾っていても

全身から【うまくいってない】空気を出している

 

それに気づくのは他人だけで、

 

自分自身は

これからうまくいくはずだと思っている

 

そして、周りを変えようとばかり

心におもっている

 

 

今の私は、誰に会っても

「うまく行っているのが、雰囲気で分かりますよ。」 と言われる

 

その違いはなんだろうか?

 

あの頃は、

重い願望にしがみつき、

がんじがらめになって

自分はきっとうまくいくはずだと信じて

《頑張って》いた

 

「こうなるはず」 は 落とし穴

 

小ざかしい浅知恵で

無理矢理人生を操作しようとすると

思いがけないカウンターパンチを食らわされることもある

 

うまくいっている人ばかりが目につき

自分ばかりが取り残されてはならないと思っていた

 

目指さないところに結果は来ない

 

 

でも 

 

あせって結果ばかりを追い求めるから

目の前にある問題をクリアせず、

一足飛びに願望を達成しようとして

自分自身につまづいてしまう

 

ある時、すべてが壊れて、すべてから解放された

 

「こうあるべき」 ことなど 何も無い

すべてはあるがまま  

 

そして人生は思いのまま

 

大切なことは、自分の今の人生が、等身大の自分であるということ

 

       

 

『願望』は願い

『願望』は望み

 

そこに至る道程を楽しみながら行くことを知れば

人生に風が吹き、人生がふくらんで、たくさんのチャンスがやってくる

 

 

自分の周りを見回せば、自分の大きさが見えてくる

大きくなろうとする者は世界の扉を開き

目をつぶっている者はいつまでたっても出口が見つからない