きれいな花には

 

ある日、友達と一日中ドライブした

彼の話は、

彼の友人たちの 

おもしろおかしい「変なエピソード」で彩られていた

 

よくもまぁ、

そんなに変な人たちが集まったものだと

半ば感心し、

半ばあきれながらも、

 

一日中、笑いながら聞いていた

 

 

 

翌日、ある女性の家に訪問した

 

そこには、

とても考えさせられるものがあった

 

 

 

彼女も、たくさんの彼女の周りの人たちの話をした

 

彼女の友人たちが、

どんな夢を抱いて

 

どんな素適なことを始めたか

 

素適な友人が、

どんな素適な友人を連れてくるか

 

 

彼女の周りには、

どうしてそんなに素適な人ばかり集まるのだろうと思うほど

素適なお友達の話で 

心までわくわく弾んでいるようだった

 

 

きれいな花には 蝶々が寄ってくる

○○○には、蝿が寄ってくる

 

 

 

だから、彼女は素適な花(の心を持っている人)なんだろうと思った

だから、彼女の周りには、

やはり「素適」を捜す人たちが集まってくるのだろうと

素適な人は、

素適な人同士、気が合うから、

自然にそうなるのだろうと

 

 

 

それも間違いではないけれど

周りの人間の、

人間性の差はそれほどあるはずもない

 

 

同じ人間の、

ある面を見て、嫌いになる人と

 

同じ人間の、また別のある面を知って、

ほれ込んでしまう人がいる

 

 

誰でも多様な面を持っている

 

 

 

 

人の中の、マイナスを拾う人がいる

人の中の、可能性を見出す人がいる

人の中の、悲しさに共鳴する人がいる

人の中の、優しさに感動する人がいる

人の中の

 

 

 

 

 

すべて自分ではあるけれど

どれが一番 多いだろうか

 

 

誰でも、自分の中の良い面を

探し出してくれる友人を持ちたい

 

自分でも、思いもかけない長所を

発見してくれる友人を持ちたい

 

 

私の周りには、

なんて素適な人たちばかりなのでしょう!

そう言って、

わくわく胸をときめかせ続けられる 

 

優しさは、優しさを呼び

共感は共感を呼ぶ

 

自分自身が内部から変わってゆく

 

 

 

 

人生の中で、

はっきりと「素適だな」と思える人に出会ったのは 

小学校5年生の時

 

同級生の彼女は

その時その場に全力を尽くせ

という言葉をくれた

 

彼女自身の生き方が、その時も、その後も、ずっとそうだった

 

 

 

あれから、

たくさんの素適な人にめぐり合った

いつでも

素適な人はきらきらと輝いている

 

 

人生が始まろうとしているころ、

彼女に出会って本当に幸せだった

 

「その時その場に全力を尽くせ」

時々、その言葉が胸の中でかすかに響く

 

いつも

その時の全力を尽くしている彼女の

うしろ姿が見えるような気がする

 

 

 

【いまここ】という言葉との出会いも、

私にとって衝撃的だったし、

その言葉を思っただけで

胸がキュンとなるくらい素適な言葉だと感じている

 

 

 

何もしなければ、何も起こらない

 

これは、私自身、浜島鳳翔の言葉だ (^^;ゞ

言い訳にも使っているし 

自分を鼓舞するときにも使っている

 

すべては、何もしなければ、何も起こらない

いいことも、一見良くないと見えることも

 

 

 

最近、素適な人との出会いが多い

わくわくするような思いをさせてくれる

 

私も、そうなりたいものだと思っている

 

そういう人たちの中にいれば

きっとなれると思っている

 

 

 

  何もしなければ 何も起こらない

 

2003.11.1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2003.11.1