幸せとの分かれ道

 

 

これが最近の私のテーマなのだが

 

どんどん幸せになっていく人と

そうじゃない人の分かれ道は、

目に見えない、ほんのちょっとしたことでしかすぎない

 

それを、どう伝えてゆくか

それが、ここ最近の私の最大の関心事だった

 

 

ところで、ふっと感じたのが

こうして百万言を費やしてみたところで、ひとつの『笑い』には勝てない

落ち込んだとき、気分が晴れないとき、なんとなくやる気が起きないとき

くすっと笑えるサイトに出会うだけで気分が変わる

 

良質の「笑い」はこころを幸せな気分にさせる

 

 

 

学生時代、Yという教授に

「落ち込んだときは、無理にでも楽しい振りをして

 楽しい鼻歌を歌い、楽しい映画をみたり笑える本を読んだりしなさい」

と教えられた

 

心と体は切っても切れない間柄で、

心が落ち込んでいるときは

体が無理にでも楽しい振りをすると、こころがそっちに引きずられるのだそうだ

 

また、

「人生には『死にたい!』と思うことが、何度でもやってくる。

 君たちは若く、人生はこれからだ。

 この先、『死にたい!」と思うことが何度もあるはずだが

 それは誰にでもある当たり前のことだ。」

と言われた。

 

Yは、当時学生であった私たちから見ると

ビン底めがねの典型的な中年の「変なオヤジ」だった

 

それでも、

つらくてたまらなかったとき

 

以前おもしろおかしくて笑い転げた本をまた引っ張り出して読んだ

人と会う気分じゃなくても、その時一番会いたいと思った人に会った

やってられないなと自嘲しながら、コミカルな番組にチャンネルを合わせた

 

先達の言うことは聞くもんだ  そう思った

 

 

私が出会った人たち

 

手首のためらい傷

血の海の中で発見

クスリを飲みすぎているところを発見

首にかけた紐が切れて失敗

 

人の数だけ苦しみがあっても

きっと人の数以上に幸せは存在する

 

生きるのがつらすぎても

生き続けていれば、幸せに出会える

 

今は一児の母となって幸せに暮らしている人も

自分を理解してくれる人に出会って結婚した人も

今はまだ、どこに行っていいのかわからずにさ迷っている人も

 

悲しいときばかりじゃないし

楽しいばかりではいられないときもあるけれど

 

自分を受け入れてくれる、誰かが待っていてくれる

そんな気持ちがこころを再び立ち上がらせるのかも知れない

 

何度も何度も自殺未遂した人は目覚めるたびに

病院のベッドの脇で黙って泣いている母を最初に見た

 

 

 

かなしいときは、楽しい歌を歌おう

 

 

 

 

 

 

2003.11.15