失った人 

 

人を失うことは

引き裂かれるような哀しみがある

 

高価な時計を無くすこととは違う

どんなに似ている人でも

代わりにはなれない

 

失った哀しみを乗り越えるためには

新たなエネルギーが必要になる

 

親しかった誰かを失った哀しみを忘れるために

新たな旅立ちが必要になる

 

けれど愛する人を亡くした人は、

忘れることを拒絶する

 

忘れることは、

亡くなった人を裏切ること

 

思い続けることだけが、

今となっては、自分にできる唯一のこと

 

愛する者がほほ笑み

愛する者が部屋を歩き回り

愛する者がいつもそばにいるかのように

いつも亡くした者を思っていないと、

思い出さえ、

失ってしまうことを恐れるように

 

時間が経つほど、

亡くした者のことを口にすることができなくなり

哀しみを表に出すことはできなくなる

 

哀しみは風化せずに

深く深く胸の奥に沈んでゆく

 

 

以前、足が悪いと、訪ねてきた女性があった

治療ベッドの上に横になってもらって体にふれると

『悲しみ』があふれた・・・

 

あまりに楽しそうに明るく話す人だったので、

腑に落ちなかった

 

終わってから 尋ねてみた

「最近、何か悲しいことがありませんでした?」

その人は はっとして答えた

「ええ。二年前に主人を亡くして。」

「・・・今、ご主人がそばにいますよ。」

 

そういうと、

その人は夢中になって泣き叫び出さんばかりだった

 

「どこ!? どこ!? ・・・わたしには見えない!

ーー見えるんですか?

 

息子たちも、家の中で、廊下で今オヤジに会ったよ

 

・・・なんて言うんです。

でも、わたしの前にだけ姿を見せないの!

 

・・・そこにいるの!? 

姿を見せてよ! 

 

どうしてわたしの前にだけ現れないの!!?」

 

抑えていた悲しみが吹き出し

社会的地位もあり、しっかりした性格の、明るく振舞うその女性は 

興奮して部屋を歩き回った

 

姿を現さないのはこういう訳がある、

それでも、いつでもそばに寄り添っていることを 

あなたは自分で感じているはずだと言うと

彼女は納得して、頭を上げた

 

彼女は今、

外国での大きなプロジェクトを進めている

 

夫がいつでもそばにいると 

足もだいぶ良くなって日本を出発していった

 

 

 

愛する人を失った女性は、なぜか股関節が悪くなる

 

なぜか知らないが、

歩くのに不自由になるまでいくこともある

 

彼女は『悲しみ』を手放さない

 

 

 

 

またひとり わたしの身近で足の悪い女性が出た

彼女はその人を失ってはいない 

・・・まだ。

 

でも 失わずにはいられないことを 

彼女は知っている

 

正視に耐えないほどやせ衰えてゆく

その人を失ってゆく哀しみ

 

彼女の足は前に進むことを拒み、

わずかな距離をゆっくりと時間をかけて歩く

 

決して弱音を吐かない彼女のこころが 

きしんで音をたてているのがみえる

 

何もできない

 

哀しみは 

もっといろいろなことをしてあげられたのではないかという

後悔の念で塗りつぶされる

 

 

死は新たな旅立ちだとしても

別離の悲しみをやわらげてはくれない 

別れるのが悲しくないはずなんかない

 

もう 二度と会うことのない

 

もう、あの笑顔をみることがない

 

もう、あの視線をとらえることもない

 

もう、一緒に同じ音楽を聞くことも

 

もう、声を聞くことも

 

もう、同じ部屋にいることも、おなじ風景をみることも

 

 

 

 

体温が感じられない

 

 

若くして夫を亡くした彼女は、

二度目には、歩くことを「できなくなった」

 

 

 

 

口にすることができないほど、深すぎる悲しみがある

 

 

 

ずいぶん前の選挙の頃、

新聞に各候補者にいろいろな質問をして載せたことがあった

 

その中で、最近泣いたことは?というのがあって

 

こうしてもらって感激して泣いた、とか、

最近泣いたことが無い、とかいう回答の中に

 

「死んだ息子のことを尋ねられて、泣いてしまった」

というのがあった

 

なぜ死んだのか、

いくつで死んだのか、

その候補者のことは何ひとつ知らなかった

 

あとで、女性でありながら官房長官にまでなり、

いろいろと話題をふりまいていたが

死んだ息子のことを聞かれて

泣いてしまった気丈な母親の姿が思い浮かぶ

 

 

死がふたりを分けたのではなく 

違う理由で愛する人と別れた人は 

苦しみ続ける正当な理由が無い

 

最大の理解者でさえも、

過ぎてしまえばたいしたことがなかったかのように扱う

 

若さの中の喪失はまだ取り返しがつくが 

そうでない場合

理不尽な別れを余儀なくさせられた人の苦しみは、

ますます自分の首を締め

ますます足を前に出せなくさせる

 

愛に執着する正当な理由を見つけることができずに

苦しみを内に秘め続けなければならなかったり

 

愛を否定され、

自分自身の生きていく存在を否定されたかのように

傷つき苦しみ続けたり

 

 

日常生活を普通に過ごすことさえ、苦痛になってしまう

 

目覚めよ乙女、あなたはまだ若い

もう若くないと、誰が決めたのか?

 

ある女流作家が40歳で結婚が決まったとき

「40歳、わたしの結婚適齢期」と言ったそうだが

その人は、50歳でも、60歳でも、

これが自分の適齢期だと言い切っただろう

そして、80歳になっても恋ができるだろう

 

 

決めるのはいつだって自分

 

それについてくる人がいればいい 

 

 

 

 

 

ついてこない人はただ『縁の無い人』