呪文と『憑依』

 


彼女は

 「どこかで女の人を拾ってきちゃったみたい」 

と言って弱々しく笑った

・・・(ーー;)



彼女は 鳳翔がひそかに舌を巻くほど 非常に感度が鋭い人 なのだが

それだけに『受けやすい』  のが難点だ

 

病気などで心身ともに弱っているようなときは

ふだんそんなものには縁が無いような人まで  

なんとなく『憑い』てしまったりする

 

普通の人は心身ともに健康になるにつれてそ

んなものはどこかに追っ払ってしまうのだが

 

勘の鋭い人はそれに目を据えてしまうのでかえっていけない

 

しっかり取り憑かれてしまう

 

 

・・・いまここでは『憑く』という表現をしているが

鳳翔はある種のエネルギーの偏りのような感じがしている

 

 

ま、それは置いておくとして

『憑く』という表現がなんとなくぴったりな症状ではある (^-^;)

 

ほとんどは塩風呂でなんとかなると思うのだが

そうもいかないときもある

 

彼女を見た感じ、それほど大掛かりにやる必要もないと判断し

簡単に準備してお祓いに入ったが

お祓いの時にはさまざまな呪文を使う

 

日本には「言霊」という言葉があるが

祓うものの性格と 使う呪文によって

「言霊」は 舞い降り、舞い上がり、不思議なエネルギーに包まれる

 

「言霊」のエネルギーに包まれ、息をする空気が熱くなる

鳳翔自身 息があがりそうになりながら 「言霊」の力を感じる

 

 

終わったあとはかなり消耗している

( これだけ消耗すればもうちょっと痩せそうなものだが、ちっとも痩せない

  会う人ごとに いいかげん痩せれば?と言われるような近頃…)

 

 

『憑く』 とは どんなものだろうか

そこだけ空気が凝縮して固まったような、

エネルギーの濃さ、とでも言うのだろうか

 

周りだけやっても根本的な解決にならないので 

体の中からエネルギーをグリグリと引っ張り出す

 

大きな固まりがぐいっと出てくることもあるが、

固まりでありながら 繊維が少しずつ抜け落ちるように 

本当に少しずつ出てくるときもあって

 

そんなときは手間を惜しまずせっせせっせとやらなければならない

 

もうこれでいいかと思って見ると、まだだったり

抜けて空いたところがまた引き込まないようにならしたり

耳を澄ますように、からだに耳を澄ます

言霊が深部まで届いたことを確認するまで その作業は終わらない

 

 

天翔初伝を修了した者は言霊を修めるが

その言霊は 

  その人自身の 『血』となり

         『氣』の流れ となって 

細胞ひとつひとつに刻み込まれる

 

知識で力のある言霊を覚えて

使おうとしてもそれは力を現さず 

 

単なる昔語り・伝説で片付けられてしまうのではないだろうか

 

はたから見れば なにを馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばされるような修行を 

まじめに49日間、あるいは100日間続けて 

言霊が自然に湧き出てくるようになった者に 

鳳翔は 天翔道士の称号を贈っている

 

言霊の秘密を手に入れた者は

天地を揺るがし、

天候をも意のままにすることができると言い伝えられている

 

出口王仁三郎がそのひとりと言う者もいる 空海もそうだと言う者もいる 

 

 

言霊とは言葉そのものに

霊的な力が宿っていることを前提にしている

 

以前は、思いを実現させるために、

言葉による集中力で想念を凝縮するからだと思ってもいたが

どうもそれだけではないらしい

 

言葉は生きている

言霊の名のとおり 

音の響きがエネルギーを生み出し、

言葉自身の持つ力が物質をも変化させる

 

特殊な装置を使って 

水のクラスターを細かくして水の味をまろやかにすることが出来るが

それと同じことが、

”氣”でも 

『言霊』でも 

出来る

 

 

それを解明できないのは 

現代の科学がその方向に興味を示さず 

研究する者が少ないからにすぎないのだろう

 

鳳翔の『預言』の場合、

天啓のように 言霊が 閃いたように 降りてくる かというと 

 

実はごく普通に出てくる

 

『言霊』は一握りの特別な者たちが駆使すべきものではない

わたしたちひとりひとりが持ちながら 

本当の使い方を忘れかけてしまっているだけのものなのだ

 

天からの『言霊』は 【特別】 で

ドラマチックにおごそかにやってくることを想像している人が多いらしい

 

夢をこわすA^。^;)ようで申し訳ないようだが、

ピアニストがピアノをかなでるように

画家が絵筆を動かすように 

『預言』においても ごく当たり前のように言霊が舞い降りる

 

大抵は普通の言葉で、普通の表現の言霊だから

中には、おそれ多い神々の言葉のようなものをもらえることを想像していて

物足りない思いが残る人もいるらしい

 

たまには口語体ではなくて、躍るような文語体の文章が出てくるときもあるが

重々しい有り難い言葉で人をひれ伏させるよりも

平易な言葉で 

本当にその人が幸福への道を歩めるように 道を照らすのが先決と思う

 

「見えるのですか? 聞こえるのですか?」 と 聞かれることもあるが

そのどちらも、と 答える

 

見えるときのほうが、表現に苦心する

見えている風景を、それを見ていない者に伝える難しさは想像できると思う

 

その中でも、特殊な言霊が舞い降りることがある

脈絡も無く

遠い南国の青い海辺が目の前に広がる

あるいは

「オレンジと白、オレンジと白、・・・」と 言葉がこだまのように繰り返されたり

またあるいは 「らくだ」

と 唐突に出た言葉に対して

相手が あろうことか、ラクダで旅をしたことがあったり

 

そんなときの言葉は、とても短い

細かい雨のように言霊が舞い降りる中で、

ほんの一言、

それも脈絡の無い一言にすぎない

それもまたこぼさずに 預かった言葉として相手にお返しすると

私には意味の無い言葉、意味のわからなかった言葉でも 

相手をはっとさせることが多い

 

人の数だけ 物語はある

 

忘れがたい夢

 隠された秘密

   忘れられた伝説

     過去からのメッセージ

       不思議な偶然の一致

ひとりひとりに アラビアンナイトのような物語がある