魂の意思  

 

 

ソウルメイト

 

それは ほとんどの場合、 たった一人を指す

<自分の周りにいる、縁のある人々を指す場合もある>

 

 

ソウルメイト

 

出会うべくして出会い

人生を共に築いてゆくパートナー

 

 

ソウルメイトという言葉を知った人は

果たして彼、あるいは彼女は、自分のソウルメイトだろうかと疑ってみる

 

顔に 「ソウルメイト」 と 彫ってあるわけではないから

悩みつつ  疑いつつ  迷いつつ

進んでゆくしかない

 

 

大抵の人は

ソウルメイトに出会いさえすれば

人生の問題の半分は片付くような気がしている

 

生まれる前から 出会うことが決まっていた、『運命の人』

 

ガラスの靴をはいたシンデレラのように

さまざまな人生経験をしたあとで、

『運命の人』に出会い、

愛を探す旅が終わる   ・・・そんな気がしている

 

 

誰だって

苦労はなるたけなら したくない

<苦労は買ってでもしろという格言があるが、自分じゃない他人に言う言葉だと思う>

 

誰だって

いつも 楽しい思いをして

楽をして、幸せ一杯で 一生を過ごしたいと思っている

 

巷にあふれる「成功法則」は

そんな願望を実現するために、

なるたけ効率的に うまく目的の願望を達成するためのテクニックを謳っている

 

 

 

ところが、

自分の意思とは 無関係に

魂は 成長を望んでいる

 

魂が成長をするためには

楽な暮らし

何もかも思い通りになる人生では

あまり成長が期待できない

 

だから、

魂は わざわざ しんどいこと、苦しいこと、たいへんなことを引き寄せて

成長しようとする

 

 

なにも苦労しなければ 魂の成長はないから

誰もが 幸せでい続けられないとか、

不幸を味わえと言う話ではない

 

幸福の中にでも 充分に学びを得、魂の成長をし続ける人には

わざわざ苦労を引き寄せる理由は無い

 

自分自身を省み、常に成長をし続ける人は

そのステージだけで充分、ということになる

 

ところが、我々のほとんどが

挫折や、思い通りにならない事柄の中から

大きな学びを得る

 

端的に言えば

痛い思いをしないと、なかなか魂の成長が出来ない

 

 

ソウルメイトというのは

お互いがお互いの存在によって 魂を成長しようとする存在なので

 

ソウルメイトに出会ったから

これですべて解決、 大団円、というわけにはいかない

 

 

それどころか

ソウルメイトに出会ったときから

胸の苦しい思いは増し

さらなる問題が生じたり

いらぬ思いに つらい涙を流さなければならなかったりする

 

それは

『魂の成長』という面から見たら 当然のことだとわかる

 

そういう意味では

ソウルメイトは 決して 自分にとって『楽』な存在ではない

 

 

互いの魂が寄り添い合い、

互いの魂の存在によって 安らげるようになるまでには

 

魂同士のぶつかり合い

誤解、困難な状況、読めない心、・・・さまざまな山を越えていかなければならないことが多い

 

 

それでもなお

「この人が自分の魂の伴侶である」と確信に近いものを持てた人は幸せである

時には それを否定し 時には やはりという思いに安堵しながらも

魂を研磨させ、だんだんにお互いの輝きを お互いの鏡に映し出すようになる

 

 

ソウルメイトという言葉に振り回されて

無駄な時間を費やすことも ありがちで

誰もが 『運命的な出会い』を味わうわけではない

 

また、

恋人同士、「運命的に」出会っても

その恋が 終わってしまえば

「あれは、まだちょっと違う」と あとから思い出すこともある

 

あまり心ときめくような想い出も無く

ただ、よりそって生きてきたふたりが

本当のソウルメイトであることも多い

 

ワクワクしたり、ドキドキしたり、に 惑わされないことだ

 

 

否定したくなるような相手が 自分のペアである例も多い

 

否定したくなると同時に、強く惹かれるものがあって

心が戸惑い、迷い、見失って、苦しい思いをなかなか抜け出せなかったりすることもある

 

ソウルメイトでもいい

ソウルメイトでなくてもいい

 

そんなことは 現象にかぶせられた記号にすぎない

 

自分の『本当』は どこにあるのか

 

愛を求めるのではなく  (それは始まりであるかもしれない)

愛を与えるのでもなく  (それは高まりであるかもしれない)

 

ただ、一緒に歩いてゆく

 

 

 

 

  出会い

 

誰もが出会う  いろいろな人に

 

その中で、

ただ この人だけ

 

選ぶことは 妄想にすぎない かもしれない

 

 

 

誠心誠意 相手を見つめることは

自分自身を見つめること

 

漂流船も、流れていれば どこかへたどり着く

 

楽園だけを望んでも

どこにたどり着くかは 魂の意思と、

自分自身の成長の度合いとに関係するかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004.4.22