怒り

 

からだ中に『怒り』をためている人を時々見かける

にこやかに話しているときでさえ、

その人の中に『怒り』はあって

 

対面している者は、その人が

何かに怒っている・・・ことを肌で感じる

 

だいたい、それらの『怒り』は、

ものごとが自分の思うようにすすまない 

ことに対する苛立ちであることが多い

 

 

それは時おり 小さな子供の中にも見受けられる

自由自在に歩き回り、

自由自在におしゃべりできるようになると

自然に消えてしまう

 

 

障害児の中にも、いつも怒っているような子供がいる

それは 本当はその子がとても頭がいいということから起こる

 

自分の『あるべき姿』というものを知っているからこそ

思うように自分の意志が伝わらず、

思うように周りの理解が得られないことに、『怒る』

 

自分の思うように動けるようになったり

意思疎通が出来るようになったりすると

いつのまにかとてもおだやかな性格になっていたりする

 

 

『怒り』は 自分自身の中に 「要求」があるからこそ生まれる

そして、それを消化するすべを持たないから、『怒り』で充満してしまう

 

努力に対する正当な見返りが無かったり

頑張っても頑張っても認めてもらえなかったり

 

自分が『正義』と思うことに対する 反動勢力に対して

『怒り』をおぼえる

 

 

 

 

 

人生がうまくいっている時には 『怒り』は生まれにくい

自己完結しているので

受け入れる範囲は広く、要求度は低い

 

現実が違っているわけではない

 

 

 

足元がぬかるんで

靴がぐちゃぐちゃに濡れていることに舌うちしている人は

自分のいる場所を見ている

 

遠くの山を見て、そこまで行こうとしている人は

いま、足元が濡れていることには、あまり注意をはらわない

泥だらけの靴で歩きつづける

 

 

 

かならずしも『夢』や『目標』を持って

頑張り続けなければならない わけではない

 

富士山を目指して歩いていた人が、

熱海の温泉に向かって 方向転換してもいい

 

鳥の声をきき、

空をわたる風の色に深呼吸しながら、

ゆっくりと人生の旅を楽しめばいい

 

 

最新の航空機のプロジェクトの中堅にいた人が 

医師を目指して大学に入るため  その会社を去った

 

人生に遅すぎることはないと

それを他人事と思って受け取るのは簡単だが、

 

いざ自分となると

今まで築きあげてきたものが大きければ大きいほど、

手放すのが難しくなる

 

資本をかけていればかけているほど、見切りをつけるのが難しくなる

 

 

やりたいことがあっても なかなか行動にうつせない人は 多い

たとえ小さな一歩でも、自分の決断による一歩は かなりの勇気が要る

 

しかしその一歩を乗り越えて 行動した人は

必ずなんらかの結果が はね返ってくる

 

その結果に対して、また行動する、

           そしてまた結果が返ってくる

 

 

はじめに目差した方向とまったく違う場所につくかも知れない

それもまた旅の楽しさ

 

 

濡れて泥だらけになった靴はいつか乾く

晴れた日には、靴を洗おう

 

川を渡り 小川に沿って、木漏れ日の中をゆっくり歩いたり

岩に腰かけて 深い息を吸って休んだり

 

空をゆったりと流れる雲の姿を目で追って

なにもせずに一日を過ごしたことは、あっただろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2004.2.2