記憶の中の「いい男」

 

 

「いい男」と聞くと、思い出す顔がある

 

誰でも 中学校の、あるいは高校の制服を着た、

あるいは大学のキャンパスの向こうに

思い出す顔があると思う

 

人によって 「いい男」 あるいは 「いい女」のイメージは違う

 

それは

笑っている顔しか思い出せない

彼の目はいつでも笑いを含んで輝いていた

 

片思いとか、好きだった人ではない

ただの 遊び仲間だった

 

 

大人になってからも、

2,3回、会う機会があった

「少年」がそのまま 日に焼けたおじさんになって 真っ黒い顔が笑っていた

 

別にたいした話をしたわけでもない

ただ 楽しくて たまらないみたいな、 笑いを含んだ瞳が 今も輝いているのを見た

 

それを見て、

やっぱりあいつは「いい男」。   そんな気がして嬉しくなった

 そして安心した

幼なじみとは そんなものかも知れない

 

 

 

当時、自分にとってあんなに目立っていたのに

同級生と昔話をしたら、彼女の記憶にはまったく無かった、なんて人もいる

 

逆に、同級生の誰それと誰それが結婚したんだって! という話を聞いて、

片方は思い出せるのに、

もう片方は、同じクラスだったというのに、片鱗すら思い浮かばない

卒業アルバムを見ても、そうだったかなぁ?なんて

その写真の人物が、動いて、しゃべったりしている記憶がどうしても よみがえってこない

そんなこともあった

 

 

人の記憶は、意外なほど不確かなものだというのに気づいたのは

太極拳を習っていた頃だった

 

老齢の講師が休みがちになり、とうとうずっと来ない状態が続いたとき

元気なときに録音していたテープを流して みんなで自習していたのだが

ビックリするぐらい、人によって違う

 

録音だから、確かめようがないのだが、

わたしがはっきりと記憶している(つもり)の動作を

他の人は全く違って覚えている・・・

みんながみんな違うので収集がつかなくなり、結局それぞれ自分の思うように舞った

 

後任の講師は流派も違って、太極拳の内容が違ってしまったので、今は確かめようも無い

 

 

 

記憶の中の人は、しゃべり、歩き回っても

自分の成長とともに、少しずつ、変わっているのかもしれない

 

人の記憶の中の自分は

はたして「いい女」だろうか   

 

 

                         ・・・(^^;ゞ いゃまったく自信がない・・・

 

 

 

 

 

2004.2.19