ボディーメッセージ

 

 

 

目に見えないもの・・・

それは

 

 

 

 

誰かの電話の

語尾のイントネーションの上がり方で

ほのぼのとして気持ちになったり

 

 

黙って食事をしている、空気が重くて

知らぬ振りをよそおったり

 

 

にこやかな笑顔の中に

冷たい視線が感じられるような気がしたり

 

 

なにも『おかしい』ところはないのに

妙に相手の態度にひっかかるものを感じたり

 

 

気持ちを取り直して

意識が前を向いただけで

鏡の中の自分の顔が若くなっていることに気がついたり

 

 

いつもと同じ態度

いつもと寸分ちがわない言葉の中に

なにかトゲトゲしたものを感じたり

 

 

誰もいないのに

『視線』を感じたり

 

 

風の中にさえ

きな臭いものをかいだりする・・・

 

 

 

 

外側にある 他人のことはわかる

自分自身がが思っている以上に

 

いつも意識は

外を向いているから

 

そして

なかなか

自分自身を見つめるということがない

 

 

恋をすると それに近い状態になるが。 (^.^;;

 

どうして相手はあの時ああ言ったのだろう?

私の言動がまずかったのだろうか?

 

普通の人間関係であれば

あまりふかく考えもせずに

いつのまにか忘れ去ってしまうようなことも

 

考え 考え して

自分と向き合う時間が 長くなる

 

 

 

鳳翔が教えている気功教室では

それを、ハートのステージではなく、

       ボディーのステージで行なう

 

簡単に言うと

『カラダの声に耳を澄ます』

 

 

それは、とてもかすかな声なので

コツがいる

 

けれど

『カラダの声』が聞き分けられるようになると

 

そこにはいろいろなメッセージが含まれていることに気付く

 

 

 

 

それには

『顔』が無い

 

言葉で表現することが無い

 

 

分類できない

 

何にも例えられない

 

どんな概念も、その前では無力だ

 

 

 

 

言葉で表そうとすると

とたんに別物になってしまう

ある面ではそうだが、

また別の面では違う ということになる

 

どんなに言葉に尽くそうともしても

それはますます真理から遠ざかるばかりになる

 

 

 

カラダが考える

 

そしてその「考え」には顔が無い。

言語が無い。

 

概念さえも無い

 

しかし確かにそこには存在し

それが自分自身の『核』になっていることに気付く

 

 

カラダが考える

自分自身が、「自分自身になる」

 

 

 

手が動き

体が動き

カラダが呼吸する

 

「幸せ」は ここにある

 

 

 

カラダは考え

カラダは反応し

カラダは哲学する・・・!?

 

そして宇宙を飲み込んでしまう

 

 

 

考えることを捨てて

感じようとすることさえ

 

何もかも捨て去ったとき

次のステージの幕が上がる